Creator’s File vol.38 | Fillyjonk フィリフヨンカ
─ 架空の国の物語が生まれるアトリエへ ─平岩尚子と兼森周平による、家や植物をモチーフにした一点物のアクセサリーを制作しているFillyjonk(フィリフヨンカ)。
身に着ける人のパーソナルな記憶に寄り添うデザインであることを大切に、ひとつずつ丁寧に作られた小さな作品たち──
アトリエには、つくり手のものづくりへの温かな眼差しに溢れた幸福な時間が流れています。
─自分が欲しいと思える、ワクワクする部分が残せる方法
平岩尚子(以下平岩):きっかけがあったのではなく、自然にはじめました。2010年からスタートしたので今年で9年目ですね。もともと、私はジュエリーの制作をしていて、兼森は建築をやっていて、自分が独立したいと思っていた時に色々と相談をしていたんです。あるとき兼森に「こんなの作ってみたら?」って言われたものが、かなり細かくて、手間が掛かるもので──でも、作ってみたらすごくいい感じのものができて。周りからもめちゃめちゃ評判が良かったんです。
兼森周平(以下兼森):それは、家が10軒くらい連なっているリングだったんです。初めは作品性の強いものをやってみたいと思っていて。まさに、コンテンポラリージュエリーと言うジャンルで、ジュエリーを知らない人が作ったジュエリーでしたね。その後、それを展開してフィリフヨンカの代表的なモチーフの一つ「家」ができました。
平岩:この時に作った作品をよく見ると──中央に空洞があって、向こう側が見えるのですが、これは一点物の証なんですね。型では中央を空洞にすることはできないんです。だから、この作品はひとつひとつ手作業で組み立てて作っているんです。
最初に作ったものがこういうデザインだったので、そこから一点物という価値を大事に広げていく、というテーマが決まりました。一点物って、一つしか作っていないので、お客様の希望に合わせて作りやすいんですね。型に頼ってしまうと、それ以上のことができなくなってしまうので。私は手間を掛けることが苦ではないですし、なにより、自分が欲しいと思える、ワクワクする部分が残せる方法なんです。
兼森:家だけでなく、お花のシリーズにも一点物の要素がありますね。建築で考えると、同じ家って世の中に無いですよね。だから、当たり前だと思ってやっていたんです。ジュエリー界の一般常識が分かっていなかったからできたのかな。
平岩:例えば、原型を作る作業から鋳造、研磨作業、石留め、などの作業までを行なうと、一週間で6点くらい作れるんです。平均すると一日一点なのですが、各工程にまわしている間の作品との時間も大切だったりして。小さい会社だからできるのかも知れませんね。
兼森:石を使ったデザインも、石をカットしたり加工はしないことにしています。変わった形で結晶化しているものを選んだりしているので、一点物の石に一点物のモチーフを組み合わせて作る感じです。
型は硬さや粘りの違う蝋を素材にしてモチーフの形を作って、それを鋳造で石膏に閉じ込める「ワックスキャスト」という技法で作っています。型を取る過程で原型にあたる蝋は流れ出て、その型にシルバーを流し込んだ後は、石膏部分を割るので原型は無くなってしまうんです。本当の一回限りですね。
─「楽しい」だけでできている
平岩:作業の分担はなくて、キャッチボールみたいにしています。原型を作る作業の時は、お互いの視点を入れることでユニセックスなデザインにするようにしているんです。
兼森:僕だけのデザインでやってしまうと、男性の視点、主観が強いものになってしまうけれど、女性の視点が入ることで、とんがっていた主観がちょっとだけ丸くなる──二人の客観になる感じですね。
ある程度、原型のデザインができたら、相手に渡して。絶対に二人の手を入れることにしています。
平岩:新作を作るときは、行ったり来たりが多いですね。私の場合、身に着けたときにどう見えるか、を重視するのですが、可愛くなり過ぎてしまったら兼森がコンセプトの部分で補ってくれます。コンセプトがこうだから、もっとこうした方がいいんじゃないの?とか。デザイン的に大事にしなくてはいけないポイントなどが二人で作業をすることでセグメントされるんですね。
兼森:可愛いけど、どうなの?ということもあるので、別の視点を入れたり。逆に、こっちの視点ばかりだと身に着けた時に駄目だったり。結構大変ですね。
平岩:一度、私が作ったものとスタッフが作ったものを並べたら、兼森がすぐに私のものを見つけましたね。あの時は、すごい分かってるなー、って驚きました。
兼森:一発で分かりましたね。みんな大爆笑だったけど。
一人が制作に行き詰まっても、相手に渡したら少し進んだりするんですよね。二人だとそれができるのでいいですね。
平岩:途中から作るのって、おいしい部分で。行き詰まっている身としては、かなり苦しんでいるのだけど、バトンタッチすることで、作品が「楽しい」だけでできているんです。作品に自分たちの楽しい時間が詰まっているんですよね。
兼森:僕たちは制作の方法が凸凹で、自分は長距離ランナータイプで、計画を立てながら制作をするのですが、平岩さんは直感で、短距離ランナータイプ。そのペースが合うのもいいですね。
楽しんで作っているものって、伝わりますよね。自分でも「ここみて!」って伝えたくなっちゃいますしね。
平岩:そこに気付いてくれるお客様との出会いも楽しいですね。
─観る人が気持ちを投影できる余白があるデザイン
兼森:フィリフヨンカのコンセプトは「思いを馳せることができるデザイン」なので、見て想像をしやすいように、モチーフもできるだけニュートラルな、どこにでもある形にしています。これはこの建物です、って断言せずに。観る人が気持ちを投影できる余白があるデザインにしたいと思っています。
平岩:旅行が好きなお客様は、昔行ったどこどこの町にこういうのがあった、とか話してくださるので、そういう、それぞれの思い出に寄り添うかたちになれたらいいなって思います。
コンセプトをベースに、最近はシーズンごとに、灯台とか図書館とか、テーマを設定してそれに合った植物や建物を作ったりもしています。ゆくゆくは世界地図を目指していて、いつか物語のように、それぞれのテーマの島々がつながっていったらいいな、って考えています。
兼森:これまでも、雨の多い架空の国をテーマにしたり、風土も設定したりしているんですよ。
平岩:フィリフヨンカの物語の主人公は買っていただいた人、その人が日常から少しだけ離れて、アクセサリーを眺めて空想する時間、ゆとりにつながる時間をご提供できたらと思っているんです。
兼森:頭のなかでインタラクティブな関係をもつ、参加型ジュエリーですね。
平岩:お花のシリーズも1点(片方)の単位で販売をしているのですが、それは、細い茎などはひとつずつ溶接しながら組み立てているので、同じモチーフでもよく見ると全て違うので、気に入った花を摘んで自分で花束をつくるようなイメージで選んでいただけたら嬉しいです。
兼森:ひとりでに語ってくれるものが作れたら、と思っています。
Interview:Akemi Kaneko (SPIRAL)
Photo:Heeryeon Lee
ものづくりを支える私の道具
─ フィリフヨンカ 「アルコールランプと用途のないものたち」
原型を作る際に使用するものですが、普通は「ワックスペン」という電気で熱線を温める道具を使います。
温度が安定しているので、作業が早くできるんです。
でも、私たちは、あえてアルコールランプを使っているんです。
アルコールランプの場合、温めた道具がだんだんと冷めてしまうのですが、それが有機的な形を偶然に生んでくれたり。
蝋が溶けたり垂れたりするので、作業の時には白い紙を敷いてやるんですけど、作業の後に残るワックスの痕跡が可愛らしいんです。
温度や蝋の色、作業によって色々な質感の絵ができているんです。
新作の原型を作るときは、気持ちをまっさらにするために、真っ白な新しい紙を敷きます。
あと、海外で見つけた小さなオブジェ、作家のもの、自然物などを集めるのが好きです。
無用のもののコレクションですね。
ディスプレイに使ったりもしますが、ただ眺めているだけで気分が盛り上がります。
これらを見ているときの気持ちが大切で、こういうものをつくりたいな、ってイメージが膨らむんです。
Profile
Fillyjonk(フィリフヨンカ)
建築と彫金を学んだ二人によるデザインユニット。異世界に思いを馳せたり、過去を懐かしんだり、小さな発見があったり、自然を敬ったり──「思いを馳せる時間」をコンセプトに、建築や風景や植物をテーマにアクセサリーを制作している。
http://www.fillyjonk.com
Fillyjonk Atelier Shop
東京都台東区松が谷2-30-4
Open 11:00-19:00
*土曜日のみ営業 詳細はウェブサイトで