Creator’s File vol.42|河上智美

Creator’s File vol.42 河上智美 微かに揺れる水面をそのまま作品にしたかのような、透明で繊細な佇まいの河上智美のガラスの器。
静けさと躍動感が共生する作品は、高温のガラスを重力と遠心力を利用して成形する
吹きガラス特有の流れるような美しい動作によって生み出されています。

─好きなことを仕事にするなかで、仕事と遊びを分ける

制作は、朝9時からお昼休みを1時間とって、19時までガラスを吹いているのですが、スポーツマンみたいに後半になると疲れてくるんです。私の場合は、注文生産が一日のなかで殆どの制作時間を占めるので、一日の終りの二時間くらいは、自分で自由に遊べる時間を設けて、そこで色々な試作をしています。この時間は、コンパスでサイズを揃えなくていいものとか、のびのびと作ることができるものをやっていますね。やっぱり、好きなことを仕事にはしているけれど、仕事に追われすぎると駄目になってしまうので、途中で息抜きの時間を作って、仕事と遊びを分けています。

アイディアスケッチをしてから制作をすることもあるのですが、新作の場合、制作途中で「ここで止めたほうがいい形かも」とか、紙に描いたものとは違う魅力が出てくるので、その場のノリで作ることも多いですね。アトリエには過去の商品のサンプルとか、後々違う形にも展開できるかもしれない試作を保管しています。

─ガラスらしさ

ガラスは基本的には透明のものを制作しています。やはり、私にとってはガラスらしさが一番出ると感じられるのと、陶器にはない、中の飲み物が見える点が魅力ですね。会社や種類によって透明度も異なるのですが、私はクリスタルに近いソーダガラスを使っています。
制作の時に鉄製の竿に触るガラスの部分を再度溶かして使うと、鉄分との化学反応が起こってラムネ瓶のような緑色がかったガラスになるのですが、できるだけ竿についたガラスはちゃんと払って、選り分けて戻さないようにしています。その微妙に緑色を帯びたガラスがそれぞれの工房の味にもなるのですが、私は透明であることを重視しています。また、色を使う際は、色ガラスに含まれている成分が不明なこともあるので、必ず透明のガラスで挟むなど、使う際に口に当たらないようにしています。

私は、一個を作るよりも10個、20個とある程度の量を作ることが好きですね。濡らした新聞紙の上で柔らかいガラスをすーっと転がす工程があるのですが、ガラスの熱が手のひらに伝わってきて、気持ちがいいんです。制作では必ず行なう動作ですが、窯替えで何日か休んでいると夢に見たりしますね「やりたいなー」って(笑)。子どもの砂遊びとかに近い、手の感覚ですね。
吹きガラスに使う道具は職人から譲り受けたものや、日用品をアレンジした自作のものも多いです。私の〈イチゴ〉のシリーズの表面に施してある格子状の模様をつけるモール(型)も空き缶と金尺で自作しています。ほかにも、グラス制作は2人で行なうことが多いのですが、私の場合は一人なので、それを補うための道具もあります。

─吹きガラスと運動神経

意外かもしれませんが、吹きガラスの作業は体力が必要で、そのうえ手先も器用じゃないといけないんです。自分みたいに落ち着きがなくて、運動神経が良いタイプは向いているのかもしれないですね(笑)。あと、反射神経も求められます。
ガラスは重力や遠心力によって常に歪むので、修正をし続けることが必要なんです。さらに、振り回すような動きで伸ばしたり、表面に入れた模様を斜めにするためにぐるっ、と手際よく捻ったり。竿の回転を一瞬止めた時、ガラスの塊がお辞儀をするときの柔らかさを見て適温を判断するなど──それが運動神経や反射神経が重要だということに繋がるのだと思います。
作品はパーツごとに作業を分割はせずに、一個ずつ最後まで仕上げます。例えば、グラスを一つ作るのには大体10〜15分くらいかかります。時間を見ながら制作をしていて、一時間に三個しかできない時はちょっとだらけているな、とか。自分のなかでノルマを決めてやっています。私の作品はアイテム数も多いので、一日中同じものを作ることはせずに、個展前などは二時間おきに作るものを変えたりしていますね。

─日常使いができるサイズと価格

ガラスの技術が熟練すると、より薄く、技術の限界に挑む考え方もあると思うのですが、私はある程度の厚みをもたせることで、食器棚で重ねられて、普通に洗うことができて、割れにくい「日常使いできる」ということを中心に考えています。
そして、器やグラスなどは手で包み込むので、自分で実際に使ってみて良いな、と思うサイズ感を探っています。自宅では、自作のグラスに飲み物を入れて──仕事の後のお酒は格別に美味しいので、いろいろなグラスを出して、中身を入れて楽しみながら試しています(笑)。
価格も2客とか5枚とか、日常のシーンで必要な数を求めやすいように設定しています。自分が買える価格かどうかも検証しています。最近は原料が高騰していることが気がかりですが、可能なかぎり気軽にいくつも使っていただける価格で販売をしていきたいと思っています。

河上智美のガラス

ものづくりを支える私の道具
─ 河上智美  学生時代に手に入れた「Advanced Glassworking Techniques」

これは学生の時に、参考書として買ったものだと思います。「Advanced Glassworking Techniques」という、ガラスの技法がテキストとイラストで手書きで記された本です。すべて英語で書かれているので細部まで読むことはしないのですが、こうしてイラストを見るだけで、ひねり方や取っ手をつけたりする方法が分かるので、今でもよく眺めています。
ガラスの技術って「秘技」のようなものは無くて、全てオープンにされているんです。そのなかでどれをやるか、やらないか、という問題ですね。私のイタリアンのワイングラスの技法などは、この本にも書いてあるんですね。学校ではここまで細かいことは教えてくれないので、あとは自分で試行錯誤を現場で頑張るという感じです。いまでもやったことがない技法もたくさんありますね。

他にも、熱したガラスのタネを綺麗なしずく状にカットすることができるハサミも大切な道具です。
切り口を一点にすることで作品の表面を極力なめらかに仕上げることができるんですよ。

Interview:Akemi Kaneko(SPIRAL)
Photo:Heeryeon Lee

Profile

河上 智美(かわかみ ともみ)

1974 東京浅草生まれ
1997 能登島ガラス工房宙吹き講座受講
1998~2001 松徳硝子に勤務
2002 茨城県つくば市に工房設立
2010 茨城県常総市に工房移転

http://www.nexyzbb.ne.jp/~glass-kawakami
Instagram ID: kawakami_glass