Creator’s File vol. 44  Satoko Sai + Tomoko Kurahara

Creator’s File vol. 44  Satoko Sai + Tomoko Kurahara思わず手を触れてみたくなる、柔らかな曲線と色彩をもつプレートやカップ。
〈Satoko Sai +Tomoko Kurahara〉のものづくりには、暮らしとアートが溶け合う豊かなイメージが映し出されています。

─イメージから技法を選ぶ

崔聡子(以下 崔): 私たちのものづくりは、先にコンセプトやイメージがあり、それにあわせて技法を選ぶスタイルをとっています。例えば、スパイラルオンラインストアでもお取り扱いいただいている「nerikiri」は、和菓子作家さんとご一緒する機会があり「和菓子を乗せるお皿をつくる」というテーマから制作したものです。二人で話し合って「練り込み」という技法を使うことにしたのですが、和菓子にも白あんに色をつけて作る「練切」という生菓子がありますよね。

蔵原智子(以下 蔵原): 練り込みの技法を使って模様を作ったのは「taffy」というシリーズが初めてだったのですが、taffyは化粧品メーカーさんとのお仕事で、石鹸やアクセサリートレイとしてディスプレイすることもイメージして作っています。こちらはプレートの表面に転写をしたり、模様をつけたりしたのですが、その後練り込みの色だけでの展開が定番になっています。

ベースとなるイメージがあり、その先の加工についてはこれまで試した技法と組み合わせて、自分たちのいろいろな引き出しを開けて考えていく感じですね。また、何個作らないといけない、どのくらい同じ形にしなくてはいけないか、というゴールもあるのでそこから適した技法を選ぶということもあります。

崔: 「nerikiri」は菊練りという粘土の中の空気を抜くための工程の際に、色の粉を混ぜています。プレートだったら、写真のように色を練り込んだ土を重ねて、均し、叩いて、粘土の塊を作ります。それぞれの色の粘土を隙間なく密着させる必要があるので、均一に叩いていくのですが、表面が押されて色のブロック同士が滲む感じになります。それが仕上がりに見える滲みやかすれに現れて──この塊をどこで切るのかによって雰囲気も変わるし、一つずつ見え方が違うことが面白いなって思うんです。これは練り込みの技法だけでなく、転写も同じことが言えますが。

蔵原: 長い塊をスライスするので、プレートにした時に表と裏の見え方も違うのも面白いんです。一つの塊に均す時の力加減など、最近は慣れてきて作品が安定するようになりました。 伝統工芸などの分野で練り込みをやっている人の仕事を拝見すると、ものすごく精巧な技術なんですよね。一方で私たちのしている練り込みは、かなりおおらかで(笑)。性格と作り方って密接なんだな、って思いますね。

─ 一点物と大量生産の中間

崔: 私たちは、ひとつの技法にフォーカスするよりも、作りたいものの最初のイメージやコンセプトに忠実でありたいと考えているので、途中で土が違うものの方が良いと思えば柔軟に変えますし、絶対に磁器しかつくらない、という感じでもないんです。

蔵原: 手捻りの技法などは最近になってやるようになったのですが、私たちのベースにあるのは石膏型やシルクスクリーンでの転写など、複製できる技法を手で行なうことなので。一緒に活動を始めた時に、一点物の高級な工芸品のようなものだと、自分たちの生活のなかではリアリティを感じないし、だからといって大量生産のものを作りたいかというと、そうではないし──その中間みたいなことを私たちはやりたかった、というのがありますね。型もプリントも、コンセプトに合えばたたら作りなども用います。

崔: 私たちは、作りたいものがあってそれを形にする方法として陶芸を選んでいるという感じですが、やっぱり結局陶芸なんだな、って思いますね。考え方とか自分たちの気質にも合っている方法が陶芸なんじゃないかって思います。もちろん、版画とか写真も好きですし、興味はあるのですが、版画とか写真の要素を陶芸でならどんなことができるかな?って考えますね。

蔵原: 陶器って昔からあるもので、器の形があれば実際使うかは分からないけれど、過去に誰かが使っていたもの、自分の昔の記憶を呼び起こしたり──器ってそういうところが面白いなって感じています。
器という形を媒体にして表現するという感じですね。

─陶芸だからできる共同制作

崔: 制作はどの工程も本当に楽しいんです。ヤスリをかける日とかは、もう、ずっと二人で喋りながら作業しているんですよ。アイディア出しみたいに、いろいろ話をしていて、ある種のリフレッシュですね。成形の作業などは集中してしゃべることができない時もあるので、ヤスリの工程はしゃべるぞー!って。
制作中はくだらない話もしているんですけれど、そういう雑談が大事かな、って思うんです。その時に感じていることを共有して、その先の作品に反映させていくという感じで。

蔵原: プリント(転写)も楽しいよね。

崔: そうそう、プリントは刷り上がりを見るのはワクワクするし、一日の制作の中で「これ、わたしの今日のハイライト!」みたいな感じがありますね。ちょっとずつ、それぞれのハイライトと感じるところは違うんですけれど。

どの工程もちょっとずつ間接的なことがあるので、だから二人でやることができているんだと思います。絵画の様に一枚のキャンバスを二人で仕上げることは無理だと思うので。窯から出した状態を見て、二人でその先の方向性を決めたり。間接的と言いましたけど、それが合っているのかなと思います。自分たちが絵付けをあまりしないのは、直接描いてぱっと見える方法よりも、シルクスクリーンで刷ってはずして、確認するとか、そういった作業が好きなんですね。

─自分たちの作品の行方を追いかけてみたい

崔: 毎年作っている「Year's Plate」がこれまでに色々な方の手に渡っていて、その行方を追いかけてみたい、って常々言っているのですけれど──それぞれの日常で、欠けてきたり、貫入が入ってきたり、器 の表情が変わっていく様子とか。あと、私たちが想像していることとは全く違う使い方をしていらっしゃることもよくあって、それがすごく新鮮で面白かったりします。
私たちの作品をどう使ってほしいという理想よりも、様々な方の生活のシーンでお皿が変わっていく、ということに興味がありますね。それをいつかまとめてみたいな、って思っています。

蔵原: 最近だと、お花を扱うお仕事の方が使ってくださって、その使い方も新鮮で発見がありました。

崔: スパイラルと同じ様に「日常のなかにアートを」と、私たちも活動を始めたころから言っていることなのですが、だからいわゆる器作家という活動とはちょっと違うことをしているというのはありますね。自分たちの生活の中にアートの要素を──アート作品を飾るというよりも、器という形として日常に入り込む、ということにすごく興味があって。例えば、旅先の写真を持って帰るという行為も、ポストカードを飾るのではなくて、カップとしてポストカードを使う、とか。

私たちのお皿は、親切さには欠けるところがあるとは思うのですけれど、「こういうものを乗せてみよう」とか、そういう遊びを日常の中に入れていただきたいな、って思いながら作っているところがありますね。最近は段々とそういうことを愉しむお客さまも増えている感じがします。

蔵原: 自分たちが展示会場でのディスプレイ用として考えていたものを欲しいと言ってくださる人が意外と多かったりして、お客さまの方が私たちの作品の使い方や魅力を見つけてくれることもあるんですよね。自分たちの方がそれで拓かれるというのもありますね。

Satoko Sai + Tomoko Kuraharaの作品

ものづくりを支える私の道具
─ Satoko Sai + Tomoko Kurahara  「ASTIER de VILLATTEの手帳」と「あ〜るベラ」

もうずっと、アスティエのスケジュール帳をアトリエの日誌として使っています。二人で活動をしているので、前の日にどこまで作業をしたのか、とか本焼きの回数や釉薬のレシピなどを記したりしています。 毎年カバーの色が変わるのもいいですし、後ろにはいろいろなパリのお店の情報が載っていたりして「このチョコレート屋さんいいなー」とか、ただ読んでいるだけで楽しくて、夢がふくらむんですよ。

もう一つは、この「あ〜るベラ」というヘラなのですが、美術の予備校に併設されている「画材屋あ〜る」というお店がオリジナルで作っているものなのですが、予備校時代から愛用していて──当時は粘土の立体を作るときに使っていたのですが、とても使いやすいんです。長さといい、手触りといい、すごく丁度いいんですね。使っていくと先が徐々に減ってくるので、自分たちでヤスリをかけて均してはいるのですが、このヘラがないと本当に困ってしまうので、今でもこの画材屋さんに行くと大量に買って帰ります。

Interview:Akemi Kaneko(SPIRAL)
Photo:Heeryeon Lee

Profile

崔聡子と蔵原智子による陶芸作家ユニット。共に多摩美術大学工芸学科にて陶を専攻し、 2002年卒業と同時に共同制作を開始。その後2005年に崔は韓国へ留学、2002年から2005年に蔵原はフィンランドへ留学(ヘルシンキ芸術デザイン大学/現アアルト大学修士課程修了)。同年より東京のアトリエに拠点をおいている。
その作品は、シルクスクリーンによる陶器への転写や石膏型を使った鋳込みや型押しによる成形などの量産技術と 手仕事を組み合わせることで、中量生産でありながらも制作の過程で生まれる偶発的な個々の表情を大切にしている。

http://www.saikurahara.com/index.html